2005年04月11日

そもそもの始まりは・・・【弐】

【そもそもの始まりは・・・壱】

霞さんにいっこさんを紹介してもらってから、事あるごとく先輩方にお世話になってました。

山伏(野外目録)を探してもらったり、
妙な質問対話に丁寧に答えてくれたり、
大量のあいくちをいただいたり、
狩りに付き合ってくれたり。
狩りの途中で陣が始まって、あわてて合戦に行く先輩を見送ったり。





みんながんばってたのに、それでも滅亡しちゃったんですよね・・・。

織田家の尾張最後の日、偽武者徒党を抜けそのまま三河へ行きました。

この時は自分ができる事がわからず、
何かしたいのに何もできないジレンマと戦ってた記憶があります。

ししょー曰く、『今は強くなる事が1番大事だよ〜』の言葉に励まされ・・・・。

拠点を岡崎に移してからは徳川家の知人がどんどん増えました。
しかし、そのかわりに・・・

『やはり山賊町への距離が重荷です』
『岡崎の平和と比較してしまうとツライです』


こんな対話を残して織田家の修得仲間が消えていき・・・・。
喪失感より女の意地が勝り、修得の鬼になりました。

町でまったり・・・、なんて事は一切無し。
ログインして食料確保したらダッシュで三河の修行武者♪
現地でログアウト・ログインなんて事も・・・。

とにかく! 速攻で! 強くなる! と心に決めておりました。

そして、私の合戦デビュー、東西戦に参加したのはこんな頃だったと思います。
posted by sae at 17:49| Comment(3) | TrackBack(0) | 信on | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
滅亡、復興戦、東西戦。。。自分が始める前かな。いろんな人からちょっとずつ話は聞いているけど、かなり大変だったみたいですねー><
Posted by 童子(Lv50:1体) at 2005年04月12日 01:12
ほんとに始めた時期、ほぼ同じだったのね
うちも、ついこの前、1年が経過しました。
織田家滅亡、そして復興、今となっては
懐かしい思い出だね^^
Posted by まりく at 2005年04月13日 18:54
童子さん、
大変だったのか、今となってはよくわかんない・・。
当時は“熱い思い”でいっぱいだったのでw

そして、同じように“熱い思い”抱えた人が織田家に残ったと思ってます。


まりちゃん、
初めて徒党一緒になったの修行武者だったよね?
多分、あそこで徒党組んだほとんどの人が同期っぽい・・・。
Posted by 紅@会社 at 2005年04月14日 10:11
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