霞さんにいっこさんを紹介してもらってから、事あるごとく先輩方にお世話になってました。
山伏(野外目録)を探してもらったり、
妙な質問対話に丁寧に答えてくれたり、
大量のあいくちをいただいたり、
狩りに付き合ってくれたり。
狩りの途中で陣が始まって、あわてて合戦に行く先輩を見送ったり。
妙な質問対話に丁寧に答えてくれたり、
大量のあいくちをいただいたり、
狩りに付き合ってくれたり。
狩りの途中で陣が始まって、あわてて合戦に行く先輩を見送ったり。
みんながんばってたのに、それでも滅亡しちゃったんですよね・・・。
織田家の尾張最後の日、偽武者徒党を抜けそのまま三河へ行きました。
この時は自分ができる事がわからず、
何かしたいのに何もできないジレンマと戦ってた記憶があります。
ししょー曰く、『今は強くなる事が1番大事だよ〜』の言葉に励まされ・・・・。
拠点を岡崎に移してからは徳川家の知人がどんどん増えました。
しかし、そのかわりに・・・
『やはり山賊町への距離が重荷です』
『岡崎の平和と比較してしまうとツライです』
『岡崎の平和と比較してしまうとツライです』
こんな対話を残して織田家の修得仲間が消えていき・・・・。
喪失感より女の意地が勝り、修得の鬼になりました。
町でまったり・・・、なんて事は一切無し。
ログインして食料確保したらダッシュで三河の修行武者♪
現地でログアウト・ログインなんて事も・・・。
とにかく! 速攻で! 強くなる! と心に決めておりました。
そして、私の合戦デビュー、東西戦に参加したのはこんな頃だったと思います。



うちも、ついこの前、1年が経過しました。
織田家滅亡、そして復興、今となっては
懐かしい思い出だね^^
大変だったのか、今となってはよくわかんない・・。
当時は“熱い思い”でいっぱいだったのでw
そして、同じように“熱い思い”抱えた人が織田家に残ったと思ってます。
まりちゃん、
初めて徒党一緒になったの修行武者だったよね?
多分、あそこで徒党組んだほとんどの人が同期っぽい・・・。